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19th August 2010

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国際的、地球的な病巣病原となっている感のある【被害者意識】について、
これまで書いたことなどからピックアップしてまとめておくことにしました。


まずは、中国人差別やユダヤ人差別について書いた文章からですが、
加筆・編集してあります。

  【被害者意識】は、

  1) 自分達は「被害者」なので、悪いのは「加害者」の方だ、
     と決めつける【独善性】を生みやすい。

     つまり、アメリカが、テロに晒された「被害者」になりきり、
     加害者を殺戮する「正義の味方」のつもりになったのと
     全く同じ精神構造です。

     後、この【独善性】は、なんだかんだと言っては、
     ろくな根拠もない屁理屈でもって
     色々と【正当化しようとする】という形でも発揮されます。


  2) 【被害者意識】の「対外的な側面」は、【被害者面をすること】です。
     同情を買いやすいし、「可哀相な悲劇の歴史」に注目を集める事で、
     「他の事柄」が目立たないようにしたり、隠しやすいということです。

     私の観察によれば、一部のユダヤ系の団体などは、
     この「哀れみ効果」を180%活用します。
     そして、あんまりにも「やり過ぎる」ので、嫌われます。

     はっきり言って、大虐殺の対象になった民族は他にも沢山居るわけで、
     ユダヤ系ばかりに注目したり、映画作ったり、博物館作ったりするのは、
     かなり「異常」だと言って良いでしょう。

     しかも、ユダヤ系自身の文書によれば、自分らも昔から他民族を
     殺したり駆逐してきたわけで、そればかりか、「今でもやっている」のに、
     「自分らの被害」だけ強調するのは、虫が良い、と言うか、
     その点では、やっぱり嫌わて当然だと思います。

     そして、【被害者面をすること】のよって、
     「被害者」の側面だけに集中させ、
     自分たちの「加害者」としての側面は、
     自他ともに、見ないようにしよう、というわけです。

     これは、弱者や障害者を装って善良な人々の同情を誘い、
     それに付け込む詐欺師の常套手段と全く同じです。


  3) 被害者意識は、個人個人の内面的には、【劣等感】を生みやすい。

     自らを「被害者である」と認識することは、「戦いに負けた」、
     「征服された」「弱かった」「奴隷にされた」などと言うような認識と
     セットになっていて、つまりは、自分たちは【劣っている】という
     無意識的な「前提」を内包している為に、
     【劣等感】という形での強迫観念を生みやすいわけです。

     そして、この「劣等感」の重みに堪えかね、往々にして
     「自分たちは、【エリート】なのだ、【神に選ばれた】のだ、
     他の連中は後でみんな死んでしまい、自分たちだけ【生き残る】のだ。」
     といったような【劣等感】の反対側の「物語」に逃避することになりがちです。

     ただ、「劣等感」や征服されたり奴隷にされたり迫害される恐怖が
     「生き残りの為の努力」の燃料となり、工夫や執念を産み、
     【被害者意識】を持つ人達が色々な分野で成功する要因にも
     なっているのでしょう。

     つまり、【選民意識】は、被害者意識が【劣等感】とセットになっており、
     その不満や不快感を誤魔化す為に発生した【逃避用の妄想】である、
     と考えて良いでしょう。

     そして、【劣等感】の裏返しの「エリートのつもり」などが歪んだ形で
     発揮されれば、それは、いわば【逆恨み】としての他の民族への
     「蔑視」などに繋がりますし、実際に、他民族をケモノ扱いする
     極右的ユダヤ系の人達も一部存在します。


  4) 【被害者意識】がもたらすもう一つ特徴は、【自意識過剰】という点。
     まあ、海外に出たりすると、嫌でも自分の出身国を多少は
     意識させられたりするものですが、被害者意識を持ってる人は、
     「また被害に遭うのではないか?」という不安や恐怖を抱えている為、
     他人が自分を敵視していないかどうか?とか、やたらと気にしたりして、
     その結果、「自分のこと」について過度に気にしてしまうのでしょう。


  5) 【被害者意識】のもう一つの非常に重要な副作用は、
     【幸せにならない】という点です。
     【不幸好き】と言っても良いくらいかもしれません。

     「自分は被害者である」という認識は、ある意味で、
     「自分は不幸である」という認識に他なりませんし、その上、
     「その不幸は、他人によってもたらされたものだ」と思っているわけです。

     つまり、安直にニューエイジ的な標語を使うなら、
     「自己責任の原則」というのと、まるっきり逆のことをやっており、
     自分の幸せ(この場合には不幸)を他人の手に委ね、
     「他人の思し召し一つで幸不幸が左右される状態である」、と、
     そう思い込んで生きているのですから、
     【他人の言動に脅え】たり、【自意識過剰】になったり、
     「自己防衛」のつもりで【過剰防衛】や【先制攻撃】に走ったりして
     幸せになれなくても不思議ではないです。

     また、もし、幸せに感じたりすると、自分たちの宗教や民族性の
     根幹である【他人のせいで不幸になっている】という被害者意識を
     保つことが難しくなるので、幸せになりたがらなかったり、
     【わざわざ不幸を招いたり】という、信じられないような事すら
     やってしまう場合があります。

     たとえば、パレスチナとの和平交渉がそんなに夢物語ではなかった時期に、
     わざわざパレスチナ人を挑発して、自爆攻撃が起こるように
     誘い出しては、報復と称して町を壊し人々を幽閉しているようなやり方は、
     【和平を嫌い】、再び【被害者意識】を強化できるようにした点で

         「不幸を呼ぶ被害者意識の典型」

     だと言えるでしょう。


     また、この症状が進行すると、、「被害者面をするために、
     【自作自演】で被害を受けたように見せかける」というやり口があります。

     ドイツがポーランドに攻め入るときや、日本が中国に対して使ったり、
     アメリカがわざと日本の真珠湾攻撃をやらせたりしたので
     良く知られていますが、911などでも、
     「知っていてやらせた」とか、「成功するように手伝ってやった」とか、
     「資金や物資などからしてお膳立てして攻撃して貰った」といった
     見方もあります。

     飛行機を二機とも細いビルのど真ん中、それも降下、旋回しながら
     当てるのは、結構難しいことだと私は思いますので、
     実行犯はアブラ系の人達であったとしても、彼らが失敗しないように
     親切で、綿密に物事を進める人達のグループが
     最後は自動操縦で手伝ってあげました・・・なんてことがあったとしても、
     私は全然驚かないでしょう。

  6) 【被害者意識】は、前述のように【独善性】や【自意識過剰】を生みやすい上、
     症状が進むと【被害妄想】や【狂信性】に発展しがちです。

     【狂信性】は、正義だの理想状態だのにかぶりついて離れない
     オヤジやおばさんたちのみならず、何でも信じてしまいがちな
     子供達もその餌食になりやすいのは、カンボジアや最近の
     シエラレオンなどの例を見ても明らかでしょう。

     そして、被害者意識は、常に【なにかやられる恐怖】と
     背中併せになっているために、【狂信的になりやすい】ものと思われます。

     ま、ナチなどのユダヤ人狩りも狂信的だったと言えますが、
     ユダヤ人のナチ狩りもかなり気合いが入っていました。
     狂信性があんまり好きでない人から見ると、「ちょっと付き合いづらい」
     と言うか、「やり過ぎ」と思える様なレベルです。
     たとえば、元ナチの何某がどこかに潜伏していると、
     そこの国に行って「拉致」してきたり、「暗殺」してしまう。

     まあ、パレスチナ人に対しても、全く同じ事をやってますが。
     「進歩がない」、と言うか、やっぱり、それって、嫌われると思う。

     拉致で言えば、北朝鮮だけでなくって、韓国も日本の法律なんか
     お構いなしに金大中氏を拉致したことがありましたが、
     みんなが文明人を気取っている昨今、他の国に行って
     「人さらい」したり「暗殺」しちゃあ、まずいでしょう。

     それも、隠密にやるならともかく、自慢気に宣伝しちゃあ嫌われますよ。
     この点に於いては、たとえごく一部であっても自らの汚点を認め、
     5人だけでも返した北朝鮮は、イスラエルより偉いと思う。


     ともかく、話を【狂信性】に戻しますと、
     【被害者意識】や、その副作用の数々は、【狂信的な心】、
     【執拗な心】を生みやすい、ということです。

     そして、狂信的になってしまうと、「そうでない人達」の
     感じ方、考え方がわからなくなってしまいがちです。

     被害者意識が発展して狂信的になると、
     他人の痛みも想像出来なくなったり、
     視野が狭まって、自分たち以外の視点から
     物事を見たり考えたりすることも出来なくなり、
     他の人々から見れば「奇異」に思える作戦でも、
     得々と進めてしまうのでしょう。

     この様な【狂信性】から来る【視野の狭さ】は、
     やたらと【自画自賛】したり、【仲間内で誉め合う】という
     旧共産国や現在の北朝鮮などでもお馴染みの症状にも
     繋がります。

  それにしても、既に【狂信的】になっていたり、
  【強固な被害者意識】に満ち満ちている人達というのは、
  同情しても、被害者意識に潤滑油をさすようなものだし、
  いじめても被害者意識を燃え立たせるだけだし、
  誉めたりしても劣等感の裏返しの選民意識をくすぐったりするだけだし、
  はっきり言って、本当に「土壷」な人達なので、
  なんかの間違いで関わり合いになってしまう場合には
  それこそ、「公案」(公安じゃないですよ)として対処すべし、
  などと思ってしまうのでした。


  ちなみに、被害者意識集団の問題については、
  やっぱり、その道のエキスパートである、ユダヤ系の人達が、
  自ら対処してくれるのが理想かと思います。
  が、その可能性は限りなく低い様に思いますです。

  また、私は理想主義者でもないので、期待もしてませんが。

次に、【被害者意識】が発生する要因ですが、
ユダヤ系の人達を例にとるなら、

  民族の神話がそのまま【被害者意識カルトの教典】みたいな構造で、
  お祭りはまるで【被害者意識養成ギプス】という感じ、と言えば
  少し想像が付くでしょうか?

  しかも、そういう【被害の歴史】を大袈裟に嘆いたりするような
  お祭りや儀式や行事がしょっちゅうあって、それを毎年毎年
  家族で集まって強化する。

  聖地の名前からして「嘆きの壁」ですからねえ・・・

  参考資料:(他にも沢山ありますが)
   http://home.att.ne.jp/sun/RUR55/J/CrisisAmericanJews.htm

また、日本人などで【被害者意識】を抱きやすいのは、

  多少、自分で考える傾向があるが、まだ思考や批判精神が
  きちんと発達しておらず、「矛盾」や「こじつけ」や「思いこみ」が多い
  考えに凝り固まったり、それを発表したりして、
  繰り返し【批判を受けた】人とか、

  元々、生まれつきの性格なのか、【不安を抱きやすい】性質だったり、
  【自意識過剰】だったり、特に【対人恐怖】的な性格から、
  それが「被害を受けてるのではないか?」という不安に発展し、
  終いに【被害者意識】にまでなっていまった人、とか、

  自他ともに認めるような能力などが多少はあったのに、
  何故か不運などが重なったりして、自分が望むような待遇を受けず、
  その結果「恨み節」や更に【被害者意識】になってしまった人、とか、

  幼児的依存心が強いために、信仰やカルトにはまり、
  その結果、「差別」や「迫害」や「白い目」に晒されて、
  【被害者意識】を発達させて狂信的になってしまった人、とか、

  アメリカ人的に、ちょっと鈍くて、自分の行動が独善的なのに気づかず、
  その結果他の人から【嫌われる】のを、【いわれのない被害】と勘違いしたり、
  【不当な扱い】だと思いこんでしまう人、とか、

まあ、色々なパターンがありますが、以下の様な資質が、
頻繁に共通して見られたりします。

  ある程度「考える」、または、自分では「考えたつもり」なのだが、
  思考や批判精神が未発達な為、自分の考え方の明らかな矛盾や、
  「こじつけ」などに気づかない。
  その為、いつになっっても【同じ間違い】を繰り返したり、
  思考パターンが【固形化】、【形骸化】して、
  更に思考や批判精神の発達を妨げる、という悪循環になるような性質。

  感情的な「抑圧」や「重圧」に晒された不満やトラウマを抱えてしまったり、
  伸び伸びとした感情の発露の経験が少なかったりしたせいなのか、
  感情面で未熟だったり、感情的に問題がある。

  感情と思考の混同が著しく、「浪花節」「演歌」
  「ジプシーとかに良くある自己陶酔的な悲観主義」
  「悲劇の賛美と神聖視」などの症状を持つ。

次に、なんかの間違いで【被害者意識】に満ちた人や集団などと
関わってしまう場合には、基本的には「安直な希望」を持つのは
無駄ですので止めましょう。

特に、【独善性】や【狂信性】が進行してしまっている場合は、
「末期症状である」と考え、本人と周囲の苦痛と不安を和らげる、とか、
【終末医療】的な姿勢で接した方が、良いかもしれません。

とにかく、「一筋縄では行かない」と心得ていた方が良いです。

根本的な解決には、本人が【被害者意識のドツボ性】を
直視して理解する必要がありますが、それは、滅多に起きません。

まあ、もともと率直で鋭敏な人が、一時的に被害者意識に
浸ってしまった場合などは、そこから「ポコっ」と出てきたりする事もありますが、
そもそも人類の多くが、被害者意識人口の減少に不可欠な
批判精神の発達や感情面での成長が出来ないでいるわけですから、
現在の地球の状況では被害者意識という病気は、まだまだ
減らないものと考えるのが妥当でしょう。


ま、感情面の根っこにおいて、一種の「信頼関係の様なもの」があると、
すったもんだしても、最終的には、「感情的なしこり」がほぐれ、
被害者意識が壊れてしまうこともあったりするようですが、
そういう「信頼関係の様なもの」が形成されるのは、とっても希なことかも。

そういう「接続」がなされると、大抵、「何かが違う」ので、わかるんですが、
やっぱり、あんまり頻繁には起こらないのでしょう。


ということで、またまた「救いのない話し」になりましたが、
それが人間の現状なのだと思いますし、
別に悲観する必要もないので、単純に直視して、
気にしたいなら気にしたり、考えたりすればよいし、
そうでないなら、忘れてしまっても良いのです

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13th June 2010

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アメリカのCEOがどんな大学を出ているか(@gshibayamaさんのtweetより):

Top 10 CEO Undergraduate Alma Maters

University of California
School of Hard Knocks
Harvard College
University of Missouri
University of Texas
University of Wisconsin
Dartmouth College
Princeton
Indiana University
Purdue University
殆どが州立大学のシステムだ。これには四つほど理由が思い当たる。

アイビーなどにくらべ大学の規模が遥かに大きい
アメリカの普通に優秀な人は州立のフラッグシップに行くことが多い(私立は学費が桁違いだし、卒業生の子弟を優遇するレガシー制度がある)
キャリアを積んでからビジネススクールなどでトップ校に行く人も多い
私立トップ校にいくとそのままウォールストリートなどに就職する可能性も高い
それなりに優秀な学生が近くのいい大学に安く行き、ファイナンスやコンサル業界はネットワークがなく難しいこともあり、事業経営の世界に突き進むというシナリオはありそうだ。

ちなみに、第二位に上がっているSchool of Hard Knocksは知る人ぞ知る隠れた名門校…ではなく、

The School of Hard Knocks or the School of Hard Knocks and Tough Surprises is an idiomatic phrase meaning the (sometimes painful) education one gets from life’s usually negative experiences, often contrasted with formal education. (wikipedia)
大学を出ずに大企業のCEOにまで上り詰めた(というか自分で大企業を作り上げた)ということだ。

Tagged: 起業企業大学アメリカ