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7th July 2010

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独身男性(無職・フリーター)が親に「就職しなさい」と言われたときの対処方法

シリーズ化の予定はないが

昨日、おとといのネタが、色んな意味で反響があったので、今日も懲りずにまた書く。

私は今のところ会社員である。しかし、今の世の中、フリーターや無職の人が多い。フリーターの定義にもよるが、数百万人のフリーターが存在する。彼らが帰省すると、親から「いつまでもプラプラしてないで、就職しなさい」と言われるそうだ。

就職したくても出来ない人にとって、「就職しなさい」と言われるのは、面白いことではない。なんとかして反論したいものだ。

若者バッシングこそが真の危機

千葉大学教授の宮本みち子が、「若者が<<社会的弱者>>に転落する」で、次のように指摘している。

就職しない、フリーターであることの原因は、若者にはない。社会の問題である。構造上の欠陥にあり、その不利益を若者が受けているだけにすぎない。若者は責任を押しつけられているのである。若者の危機が隠匿されている社会こそが真の問題なのだ。

いま、若者の社会的基盤は徐々に変貌しつつある。しかし、その事実に対する認識は遅れている。若者の直面する事態が、すぐさま社会問題とはならない。わたしたちの社会を揺るがすような危機が見過ごされ、あるいは隠蔽される傾向にある。

深刻な問題についても、親に”パラサイト”したり、労働意欲のない若者の「甘えの構造」にもっぱら原因をもとめる傾向が強く、若者をとりまく社会経済構造の変貌への気づきは弱い。

(中略)

とくに、社会の中枢にいる団塊の世代が、自分の子ども世代にあたる若者をバッシングの対象としている点に、日本の奇妙な世代間関係が凝縮されている。

(「若者が<<社会的弱者>>に転落する」 宮本みち子 洋泉社 p44)

社会構造の変化

現代は、不確実性の時代である。先行きは不透明だ。しかし、親の世代、たとえば70年代はどうだっただろう。たしかにオイルショック等の危機はあったが、それでもまだ大人への道(企業に就職すること)は存在した。将来が見えていた。レールがひかれていて、その上に乗ることが出来た。レールに乗らない人もいたが、それは少数で、「逸脱」と見なされていた。この「逸脱」が、無職・職なし(今で言うフリーター)である。

しかし、現代は、そのレールが存在しないのである。自分で探さなければならない。たとえ、見つかったとしても、自分がそれに乗れない可能性も少なくない。かくしてレールに乗れない人が、必然的に出てきてしまう。

このレールに乗れない人は、70年代から見れば、「逸脱」である。誰でもレールに乗れるわけではないのに、乗れなかったことを当人の責任にし、若者を逸脱者としてバッシングしているのである。

70年代の社会構造や価値観の中で、若者を批判しても、的はずれである。それだけではなく、若者に原因を還元してしまうことで、社会構造の危機すら見逃されてしまう可能性も高い。

フリーターが就職できないのは、自分自身に原因があるわけではない。

親に「就職しなさい」と言われたならば

とりあえず自分のことは棚にあげておいて、上に書いたようなことを言えばいい。社会に責任を転嫁し、話を逸らせば良い。

親の世代は、たいてい政治に不信感をもっている。そこを刺激してやれば良い。さらに年金の問題に話題を持っていけば、いっそう話題は逸脱してくれるだろう。

とにかく、話を大きくして、問題点を曖昧にしてしまうことが重要だ。

Tagged: 詭弁社会仕事世代若者